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愛国心に成績評価をつける!長妻昭の誘導的な捏造発言に惑わされるな

〈愛国心〉に気をつけろ! (岩波ブックレット)

民進党長妻昭君が道徳心・愛国心の成績付けについて問題を提起

 民進党の長妻昭議員が、平成30年から始まる小中学校における道徳の授業に関する評価について、次のような発言をし、ツイッターなどを騒がせていたようです。

 約二年後の平成三十年四月からは全国の小学校で、約三年後の平成三十一年四月からは全国の中学校で、道徳を教育課程上「特別の教科」と位置付けた上で、児童・生徒の道徳に対する評価をするとしている。その評価は、数値による評価でなく、記述式の評価であり、他の児童・生徒との比較による相対評価ではなく、その児童・生徒がいかに成長したかを評価するとしている。その道徳科の指導内容としては「国や郷土を愛する心をもつこと」、いわゆる「愛国心教育」も含まれるとしている。私は、道徳心や愛国心は重要であると考えるが、児童・生徒一人ひとりの道徳心や愛国心を評価する、つまり成績を付ける、ということには強い違和感を持つ。しかも、それが、中学受験や高校受験の内申書(中学や高校の入学者選抜に用いられる調査書)にも記載される可能性が否定されてはいない。

 ツイッターでの反応は、こちらのtogetterの記事が詳しいでしょう。

 togetterの中では、長妻君の活動報告の動画の中で、次のような発言をしているということで、さらに騒ぎ立てていました。

 文部科学省のお役人の方とお話をしました。非常に頑なな姿勢で、私が気になりますのが、2年後、3年後からですね、全国の小中学生に対して、道徳心、愛国心に対して一人ひとり成績をつけていく、それが各都道府県の教育委員会の判断では中学受験、高校受験の内申書にも入ると。まあ、こういう事が決まってしまった訳でありまして、文部科学省はそれについてはデメリットは無いと、問題は全く無い、こういう頑なな姿勢で、私は背筋がぞっといたしました。

 確かに、もしこの長妻君の発言が全て真実なのであれば、それは立憲民主主義国家である日本国の政策として、不適切なように思います。

 ただ、この発言の内容は、真実なのでしょうか。

 その検証をするために、今回長妻君が出したという質問主意書を見てみましょう。

 なお、質問主意書がどういうものかが分からない方は、こちらの記事に詳しく書いておりますのでご覧ください。簡単に説明すると、質問主意書とは、「野党の国会議員が、行政府に対して紙面での回答を求める質問」です。過去の質問主意書はすべて、衆議院・参議院のHPで見ることができます。(第190回国会 質問の一覧

 最初の質問主意書は、平成28年1月でした。

平成二十八年一月四日提出 質問第一〇号

「子どもの道徳心や愛国心に成績をつける政策に関する質問主意書」 提出者 長妻昭

 全国の小中学校では、それぞれ、いつから「道徳」が「特別の教科」となるのか。「特別の教科」になると、従来と何が変わるのか。
 また、「特別の教科」となると、小中学生の「道徳」に成績をつけることになるのか。この成績は、中学・高校受験の内申書に使用される可能性はあるか
 また、「道徳」には、「国を愛する態度」という、いわゆる愛国心教育も含まれるのか。この「国」には統治機構は含まれるのか。
 一概に愛国心教育を否定するものではないが、子どもたち一人ひとりの、いわゆる愛国心や道徳心に成績をつけるとなれば、それは適切なのか、政府批判を自粛する空気が生まれないか、大きな懸念がある。
 この懸念について内閣の見解を問う。
 右質問する。

 これを読んで、多くの人が、当初持っていた印象とのずれを感じていると思います。なぜなら、道徳の成績評価を内申書に使用することを言い出しているのは長妻君自身であり、「愛国心教育」という言葉を持ち出しているのも、長妻君自身であるからです。これに対する政府の回答(文部科学省が中心となって作成しているはず)はこうです。長いですが重要部分に色をつけた上で全文抜粋します。

 お尋ねの特別の教科である道徳(以下「道徳科」という。)の導入の時期については、学校教育法施行規則の一部を改正する省令(平成二十七年文部科学省令第十一号)附則第一項の規定により、小学校については平成三十年四月一日、中学校については平成三十一年四月一日とされている。「従来と何が変わるのか」というお尋ねについては、道徳を教育課程上「特別の教科」として位置付けた上で、文部科学大臣の検定を経た教科用図書を導入するものであり、また、いじめの問題への対応の充実や発達の段階をより一層踏まえた体系的なものとする観点からの内容の改善、問題解決的な学習を取り入れるなどの指導方法の工夫を図ることなどにより、発達の段階に応じ、答えが一つではない道徳的な課題を一人一人の児童生徒が自分自身の問題と捉え、向き合う「考える道徳」、「議論する道徳」へと転換を図るものである。
 お尋ねの「成績をつける」の意味するところが必ずしも明らかではないが、道徳科における児童生徒の学習の評価については、平成二十七年文部科学省告示第六十号による改正後の小学校学習指導要領(平成二十年文部科学省告示第二十七号。以下「新小学校学習指導要領」という。)及び平成二十七年文部科学省告示第六十一号による改正後の中学校学習指導要領(平成二十年文部科学省告示第二十八号。以下「新中学校学習指導要領」という。)において、児童生徒の「学習状況や道徳性に係る成長の様子を継続的に把握し、指導に生かすよう努める必要がある。ただし、数値などによる評価は行わないものとする」としている。また、道徳科における児童生徒の学習の評価については、中央教育審議会で平成二十六年十月二十一日に取りまとめられた「道徳教育に係る教育課程の改善等について(答申)」において「児童生徒が自らの成長を実感し、学習意欲を高め、道徳性の向上につなげていくとともに、評価を踏まえ、教員が道徳教育に関する目標や計画、指導方法の改善・充実に取り組むことが期待される」と指摘されていること等を踏まえ、文部科学省としては、「道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議」(以下「専門家会議」という。)において、数値による評価ではなく記述式の評価とすること、他の児童生徒との比較による相対評価ではなく児童生徒がいかに成長したかを積極的に受け止め励ます評価とすること、「善悪の判断、自律、自由と責任」といった個々の内容項目ごとではなく大ぐくりなまとまりを踏まえた評価とすること等の点について検討しているところである。
 お尋ねの「中学・高校受験の内申書に使用される可能性」の意味するところが必ずしも明らかではないが、そもそも入学者選抜の方法等は都道府県教育委員会等入学者選抜の実施者が決定することとされている。なお、専門家会議においては、入学者選抜との関係をも踏まえて、先に述べた評価の在り方を検討しているところである。
 お尋ねの「「道徳」には、「国を愛する態度」という、いわゆる愛国心教育も含まれるのか」の趣旨が必ずしも明らかではないが、教育基本法(平成十八年法律第百二十号)及び学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)の趣旨を踏まえ、新小学校学習指導要領においては「我が国や郷土の伝統と文化を大切にし、先人の努力を知り、国や郷土を愛する心をもつこと」等、新中学校学習指導要領においては「優れた伝統の継承と新しい文化の創造に貢献するとともに、日本人としての自覚をもって国を愛し、国家及び社会の形成者として、その発展に努めること」等を道徳科の指導内容として規定しているところであり、現行の小学校学習指導要領及び中学校学習指導要領においても、同様の趣旨を盛り込んでいる。ここにいう「国」については、新小学校学習指導要領及び新中学校学習指導要領の道徳科の解説において、政府や内閣などの統治機構を意味するものではなく、歴史的に形成されてきた国民、国土、伝統、文化などからなる歴史的・文化的な共同体としての国を意味するものである旨記述している
 道徳科における児童生徒の学習の評価については、先に述べたとおり数値などによる評価は行わないこととしており、また、右に述べた学習指導要領の解説も踏まえれば、「子どもたち一人ひとりの、いわゆる愛国心や道徳心に成績をつけるとなれば、それは適切なのか、政府批判を自粛する空気が生まれないか」との御懸念は当たらないものと考えている。

 つまり、愛国心教育なんて言葉は厚生労働省は一言も発していないし、道徳の成績が内申書に含まれるなんてことは言っていないわけです。

 自分が望む通りの回答が返ってこなかった長妻君は、質問主意書を次のように改めて平成28年4月に提出します。

平成二十八年四月二十七日提出 質問第二五九号

「小学生・中学生の道徳心や愛国心を評価する学習指導要領の改訂に関する質問主意書」提出者 長妻昭

 二年後からは全国の小学校で、三年後からは全国の中学校で、道徳を教育課程上「特別の教科」と位置付けた上で、児童・生徒の道徳に対する評価をするとしている。その評価は、数値による評価でなく、記述式の評価であり、他の児童・生徒との比較による相対評価ではなく、その児童・生徒がいかに成長したかを評価するとしている。その道徳科の指導内容としては「国や郷土を愛する心をもつこと」、いわゆる「愛国心教育」も含まれるとしている
 私は、「道徳心」や「愛国心」は重要であると考えるが、児童・生徒一人ひとりの「道徳心」や「愛国心」を評価する、つまり成績をつける、ということには強い違和感を持つ。国に対する批判を自粛する空気が広がる等、非常に息苦しい社会が到来するのではないかとの懸念を持つ。
 そこでお尋ねする。
 文部科学省は、児童・生徒の道徳に関する評価は、「入試選抜には使わない」と説明しているが、それは事実か、内閣の見解を問う。
 その上で、中学受験や高校受験の内申書に児童・生徒の道徳の評価が入るのか否かについてお尋ねする。
 各都道府県教育委員会が作成する内申書の様式に児童・生徒に対する道徳の評価を盛り込むのか否か。この点について、平成二十八年二月五日衆議院予算委員会で、馳浩文部科学大臣は「入学者選抜とはなじまない側面があることを前提とし、更に専門的な検討が行われている」「専門家会議では年度内を目途に基本的な考え方を示すこととしている」と答弁している。すでに「年度内」は経過したが、いつまでにどのような結論を出すのか。お示し願いたい。
 同時に各都道府県教育委員会が作成する内申書の様式に児童・生徒に対する道徳の評価を盛り込むのか否か、現時点での内閣の見解を問う。
 児童・生徒の道徳を評価するということは、ペーパーテスト等を実施するということなのか。そうでなければ、作文などを実施することを想定しているのか。そうでなければ、授業中の発言を評価するのか、発言を評価するとすれば授業中に発言が無い児童・生徒に対する評価はどうするのか。何に基づいて評価するのか、お示し願いたい。
 児童・生徒の道徳の評価の基準が全国でばらつきがあってはならないと考えるがいかがか。
 全国の評価基準をある程度、一致させるためには評価をする教員に対して、あるべき道徳心・愛国心とは何か、評価すべき道徳心・愛国心とは何か、を教える必要があると考えるが、いかがか。
 その場合、評価すべき道徳心・愛国心とはどのようなものかは、誰が決めるのか。
 評価の基準を策定しないとすれば、児童・生徒の道徳に関する成長を、恣意的にならずに、どのように評価をするのか、わかりやすく説明願いたい。
 さらに文部科学省は「国や郷土を愛する心をもつこと」を教育することは、いわゆる「愛国心教育」とは異なるとするが、それぞれの意味するところをお示し願いたい。
 また、文部科学省は、道徳に対して「評価をする」ことは、「成績をつける」ことと違うとしているが、どこが異なるのか、それぞれの意味をお示し願いたい。
 以上、内閣の見解を問う。
 右質問する。

 自分が作った「道徳心・愛国心」というワーディングが、あたかも当然指導要領の中に入っているかのようないいぶりで質問しています。しかも、「文部科学省は『国や郷土を愛する心をもつこと』を教育することは、いわゆる『愛国心教育』とは異なるとする」と認めながら、一方では、「あるべき道徳心・愛国心」、「評価すべき道徳心・愛国心」と、指導要領の中に「愛国心」が含まれるような言いぶりです。

 これに対する政府の回答がこちらです。

 お尋ねの特別の教科である道徳(以下「道徳科」という。)における児童生徒の学習の評価(以下「道徳科における評価」という。)と高等学校等における入学者選抜との関係については、平成二十八年二月五日の衆議院予算委員会における長妻昭委員の質疑に対する安倍内閣総理大臣の答弁及び馳文部科学大臣の答弁において述べているとおりであり、文部科学省においては、従前から、これらの答弁における説明の趣旨と同様の趣旨を説明してきているところである。
 お尋ねの「道徳教育に係る評価等の在り方に関する専門家会議」(以下「専門家会議」という。)における議論の結論については、できるだけ早期に得たいと考えているが、結論を得る具体的な時期及びその内容について現時点でお答えすることは困難である。また、お尋ねの「内申書の様式に児童・生徒に対する道徳の評価を盛り込むのか否か」の意味するところが必ずしも明らかではないが、高等学校等の入学者選抜に用いられる調査書の様式等は都道府県教育委員会等入学者選抜の実施者が決定するものである。なお、専門家会議においては、入学者選抜との関係をも踏まえて、道徳科における評価の在り方について検討しているところであり、また、平成二十七年文部科学省告示第六十号による改正後の小学校学習指導要領(平成二十年文部科学省告示第二十七号。以下「小学校学習指導要領」という。)及び平成二十七年文部科学省告示第六十一号による改正後の中学校学習指導要領(平成二十年文部科学省告示第二十八号。以下「中学校学習指導要領」という。)の道徳科の解説(以下単に「解説」という。)においては、他の児童生徒と比較して優劣を決めるような評価はなじまないことに留意する必要がある旨を記述している。
 お尋ねの道徳科における評価の資料や方法については、中央教育審議会で平成二十六年十月二十一日に取りまとめられた「道徳教育に係る教育課程の改善等について(答申)」(以下「答申」という。)において「児童生徒の作文やノート、質問紙、発言や行動の観察、面接など、様々な方法で資料等を収集」した上で「例えば、指導のねらいに即した観点による評価・・・など多種多様な方法の中から適切な方法を用いて評価を行い、課題を明確にして指導の充実を図ることが望まれる」とされていること等を踏まえ、専門家会議において検討しているところである。
 「評価の基準」に関するお尋ねについては、お尋ねの「評価の基準」がどのような評価を行うためのものなのか及びどのような基準を意味しているのかが必ずしも明らかではないため、いずれのお尋ねについてもお答えすることは困難であるが、教育課程の基準である小学校学習指導要領及び中学校学習指導要領の解説において、先に述べたとおり、他の児童生徒と比較して優劣を決めるような評価はなじまないことに留意する必要がある旨を記述しており、また、答申において「児童生徒が自らの成長を実感し、学習意欲を高め、道徳性の向上につなげていくとともに、評価を踏まえ、教員が道徳教育に関する目標や計画、指導方法の改善・充実に取り組むことが期待される」と指摘されていること等を踏まえ、専門家会議において、道徳科における評価について、数値による評価ではなく記述式の評価とすること、他の児童生徒との比較による相対評価ではなく児童生徒がいかに成長したかを積極的に受け止め励ます評価とすること、「善悪の判断、自律、自由と責任」といった個々の内容項目ごとではなく大ぐくりなまとまりを踏まえた評価とすること等の点を検討しているところである。
お尋ねの「いわゆる「愛国心教育」」については、政府として、その定義について特定の見解を有しておらず、様々な意味で用いられているものと承知していることから、「いわゆる「愛国心教育」」の意味するところについてお答えすることは困難であるが、お尋ねの「「国や郷土を愛する心をもつこと」を教育すること」については、道徳科の指導内容として、小学校学習指導要領において「我が国や郷土の伝統と文化を大切にし、先人の努力を知り、国や郷土を愛する心をもつこと」等と規定し、中学校学習指導要領において「優れた伝統の継承と新しい文化の創造に貢献するとともに、日本人としての自覚をもって国を愛し、国家及び社会の形成者として、その発展に努めること」等と規定しており、前者の意味するところについては、小学校学習指導要領の解説において「ここでいう「国や郷土を愛する」とは、教育基本法において教育の目標として「伝統と文化をはぐくんできた我が国や郷土を愛する態度」(第二条第五号)を養うと定めているのと同様の趣旨であり、我が国や郷土を愛する「態度」と「心」は、教育の過程を通じて、一体として養われるものである」等と記述し、後者の意味するところについては、中学校学習指導要領の解説において「「国を愛し」とは、歴史的・文化的な共同体としての我が国を愛し、国家及び社会の形成者として、その発展を願い、それに寄与しようとすることであり、そのような態度は心と一体として養われるものであるという趣旨である」等と記述している。また、ここにいう「国」については、小学校学習指導要領及び中学校学習指導要領の解説において、政府や内閣などの統治機構を意味するものではなく、歴史的に形成されてきた国民、国土、伝統、文化などからなる歴史的・文化的な共同体としての国を意味するものである旨記述している。
 お尋ねの道徳科において「「評価をする」こと」と「「成績をつける」こと」については、先の答弁書(平成二十八年一月十二日内閣衆質一九〇第一〇号)でお答えしたとおりであり、お尋ねの「成績をつける」の意味するところが必ずしも明らかではないが、道徳科における評価については、小学校学習指導要領及び中学校学習指導要領において、児童生徒の「学習状況や道徳性に係る成長の様子を継続的に把握し、指導に生かすよう努める必要がある。ただし、数値などによる評価は行わないものとする」としており、また、先に述べたとおり、専門家会議において検討しているところである。

 この回答にも自分が望む回答(あげ足をとることができるような回答)が返ってこなかったため、平成28年5月に、再度質問主意書を出します。

 なお、多くの場合において、質問主意書のやり取りは1回で済むものであり、多くても2回です。3回も質問主意書を出すなんてのは、常軌を逸しています。

 

平成二十八年五月三十日提出 質問第三一七号

「小学生・中学生の道徳心や愛国心を評価する学習指導要領の改訂に関する再質問主意書」提出者 長妻昭

 前回の内閣からの答弁書は「国会答弁を参照せよ」というような趣旨の答弁であり、答弁になっていなかった。再度、質問をするので、今度はしっかりと答弁願いたい
 約二年後の平成三十年四月からは全国の小学校で、約三年後の平成三十一年四月からは全国の中学校で、道徳を教育課程上「特別の教科」と位置付けた上で、児童・生徒の道徳に対する評価をするとしている。その評価は、数値による評価でなく、記述式の評価であり、他の児童・生徒との比較による相対評価ではなく、その児童・生徒がいかに成長したかを評価するとしている。その道徳科の指導内容としては「国や郷土を愛する心をもつこと」、いわゆる「愛国心教育」も含まれるとしている。
 私は、道徳心や愛国心は重要であると考えるが、児童・生徒一人ひとりの道徳心や愛国心を評価する、つまり成績を付ける、ということには強い違和感を持つ。しかも、それが、中学受験や高校受験の内申書(中学や高校の入学者選抜に用いられる調査書)にも記載される可能性が否定されてはいない。
 私は、子どもたちの「道徳心」や「愛国心」を評価することによって、国に対する批判を自粛する空気が広がったり、政府が望ましいと考える道徳心だけが推奨され多様な価値観が損なわれたりする等、非常に息苦しい社会が到来するのではないかとの懸念を持つ。
 そこでお尋ねする。
 まず、ここまで述べた私の見解について、内閣のご意見をお示し願いたい。また、事実関係について誤りがあるとすればお示し願いたい。
 また、中学受験や高校受験のいわゆる内申書に児童・生徒の道徳の評価が記載される可能性があるのか、無いのか、あるいは検討中なのか、お尋ねする。
 また、入学者選抜には使わせないとした上で、受験先の中学、高校に送る内申書には道徳の評価を記載するという可能性はあるのか、無いのか、お答え願いたい。
 中学や高校の入学者選抜に用いられる調査書の様式等は、都道府県の教育委員会等入学者選抜の実施者が決定するものであるため、都道府県の教育委員会の判断次第では受験の内申書に道徳の評価を記載する可能性があると考えて良いか。
 前回の答弁書では、「平成二十八年二月五日の衆議院予算委員会における長妻昭委員の質疑に対する安倍内閣総理大臣の答弁及び馳文部科学大臣の答弁において述べているとおり」との答弁であった。具体的にどの答弁部分なのかを示した上で、今回の質問の答弁となるように文言を補足・整理して、答弁願いたい。
 右質問する。

 もう、回答本文についてはあげ足を取れなくなってしまっているため、「平成二十八年二月五日の衆議院予算委員会における長妻昭委員の質疑に対する安倍内閣総理大臣の答弁及び馳文部科学大臣の答弁において述べているとおり」として説明を省略した部分について、「国会答弁を参照せよ」というのでは説明が足りないからちゃんと説明してよね、というような質問になっています。

 それに対する政府の回答がこちらです。

 お尋ねの「見解」及び「事実関係」の具体的な範囲が必ずしも明らかではないが、お尋ねにある「私は、道徳心や愛国心は重要であると考えるが、(中略)否定されてはいない。私は、子どもたちの「道徳心」や「愛国心」を評価することによって、国に対する批判を自粛する空気が広がったり」するとの見解及びお尋ねにある「約二年後の平成三十年四月からは(中略)いわゆる「愛国心教育」も含まれるとしている」との事実関係については、先の答弁書(平成二十八年一月十二日内閣衆質一九〇第一〇号。以下「一〇号答弁書」という。)及び先の答弁書(平成二十八年五月十三日内閣衆質一九〇第二五九号。以下「二五九号答弁書」という。)においてお答えしたとおりである。また、お尋ねにある「政府が望ましいと考える道徳心だけが推奨され」の意味するところが必ずしも明らかではないが、特別の教科である道徳(以下「道徳科」という。)における児童生徒の学習の評価については、一〇号答弁書で答弁したとおり数値などによる評価は行わないこととしており、また、一〇号答弁書で述べた学習指導要領の解説も踏まえれば、お尋ねにある「多様な価値観が損なわれたりする等、非常に息苦しい社会が到来するのではないかとの懸念」は当たらないものと考えている
 「中学受験や高校受験のいわゆる内申書に児童・生徒の道徳の評価が記載される可能性があるのか、無いのか、あるいは検討中なのか」及び「中学や高校の入学者選抜に用いられる調査書の様式等は・・・決定するものであるため・・・内申書に道徳の評価を記載する可能性があると考えて良いか」とのお尋ねについては、一〇号答弁書及び二五九号答弁書でお答えしたとおりである。また、「入学者選抜には使わせないとした上で、受験先の中学、高校に送る内申書には道徳の評価を記載するという可能性はあるのか、無いのか」とのお尋ねについては、「入学者選抜には使わせないとした上で」の意味するところが必ずしも明らかではないため、お答えすることは困難であるが、道徳科における児童生徒の学習の評価と調査書との関係は、一〇号答弁書及び二五九号答弁書でお答えしたとおりである。
 御指摘の「平成二十八年二月五日の衆議院予算委員会における長妻昭委員の質疑に対する安倍内閣総理大臣の答弁及び馳文部科学大臣の答弁」におけるお尋ねの「部分」は、安倍内閣総理大臣が、入学者選抜の方法や調査書の書式等は、都道府県教育員会等が設定するものであるとした上で、道徳科の評価は数値による評価ではないため、教科の評定のように入試において他の生徒と数値の上での優劣を付けるような扱いがなされることはないものと考えている旨を述べた部分及び馳文部科学大臣が、道徳科の評価については入学者選抜とはなじまない側面があることを前提とし、更に専門的な検討が行われている旨を述べた部分である。

 この答弁を受けて、もう政府に対するツッコミどころがなくなってしまったために、次はYoutubeで国民を誘導するという強硬手段に出たのが、ページ冒頭に掲げた活動報告の動画です。

 結局、政府は、愛国心ということについて、この記事の冒頭で長妻君が主張する「道徳科の指導内容としては『国や郷土を愛する心をもつこと』、いわゆる『愛国心教育』も含まれる」ということに合致するようなことは言っていませんね。そうであるのにもかかわらず、道徳科の指導内容に「愛国心教育」が含まれるとして、真実をすり替えて国民を騙そうとしているのは許せません。

誘導された国民の反応

 このような背景があるにもかかわらず、長妻君の言う「小中学校で「愛国心」に成績をつける」という耳障りのいい表面的なフレーズに誘導され、政府に対する批判の感情が昂ぶった人は、冒頭のtogetterの記事を見る限り、多くいるようです。

 しかも、長妻君自身も含めて、道徳の授業に関する成績評価は記述式によるものとして、点数ではつけない、と言っているのにもかかわらず、次のようなツイートをする人までいます。

野党の政治家の誘導に流されるな

 野党の政治家は、自分たちが政権を得るために、与党の政策について片っ端からあげ足を取ろうとします。

 この愛国心に関しては、2006年頃の教育基本法改正の頃も同様に野党が騒いでいましたが、当時の検討会も、法律の条文の中にも、今回の検討会の中でも、一度の政府は「愛国心」という言葉を使っていません。

 当時から愛国心愛国心騒いでいたのは野党だけです。

 今回は質問主意書でしたが、これは中央省庁で働く国家公務員にとって、かなり負担になる業務です。以前の記事にも書きましたが、2、3日の間に、法律制定と同じ作業をやらなければいけないのですから。これを、しかも今回の件で長妻君は3回も質問主意書を出しています。

 日本社会が良くならない原因の多くは、与党が野党の足を引っ張っていることによります。

 自分たちが国民のために一生懸命頭を使って論理を積み上げて仕事をしているのに、野党からドンドンおじゃまぷよが降ってくるのです。そして、おじゃまぷよを消そうとしている間に最上段まで積み上がって、ゲームオーバーになってしまいます。

 TPPや経済関係で大きな役割を果たしてきた甘利大臣が辞任に追い込まれたのも同じです。

 今回の長妻君の動きも、教育指導要領の改訂を単なるツールとして使って、与党を貶めようと、国民を騙し、誘導した、政権争いの動きの一環でしかありません。

 日本国民は、与党が国民のために政策を打ち、国民がその恩恵を受けるのを邪魔しないためにも、野党の誘導的な発言に簡単に乗っかるのではなく、その発言に疑問を持ち、真実を見極めるように常に心がけるべきです。

 想定以上に長くなってしまった本記事を最後までお読みいただきありがとうございます。もし、あなたの周りに、今回の長妻君の発言に流されている方がいらしたら、真実を教えてあげてください。