3年でエリート公務員辞めた結果…

月間30万PV以上!元国家公務員(総合職・旧1種)による備忘録。通称「さんエリ」

ブログを書いて知った学校の勉強の大切さ

学校の勉強だけではメシは食えない!―世界一の職人が教える「世渡り力」「仕事」「成功」の発想

学校の勉強って案外役立つかもよ

 最近ブログを書きながら思うことがある。

 それは、受験勉強の知識がかなり生きるということだ。

 ここでいう受験勉強のための知識っていうのは、国語・数学・英語・理科・社会の5教科のことね。

 基本的なことだけど、ブログって国語力がなければ書けないよね。何を言いたいんだかわからない、下手な文章では、そもそも集客することはできないし、SEOにとっても大事な「長文」を書くことができない。まあ、ブログは採点されるものじゃないし、失敗したからってなんてことない文章だから、気楽に書けるのは確かだけどさ。でも、高校受験の小論文とか、大学受験での世界史の長文記述の対策してたから、今でも楽に2000文字とか3000文字とかの文章を書くことができると思うのよ。

 情報収集力の観点からも国語は役立つ。とにかく、短時間で多くの文章を正確に読み取る力っていうのが国語の勉強で鍛えられたから、今も多くの情報源から瞬時に必要な情報を集めることができているし、それは英語の情報源だとしても同じだ。

 文科1類→法学部というバリバリ文系のキャリアの割に、僕は社会の科目って嫌いだったんだよね。数学とか理科とか数理的な思考が必要な科目の方が得意だったし、国語や英語が得意なのもそれはあくまで論理力が問われるものだから。でもさ、世界史とか日本史とかって、全然ロジカルじゃないじゃん。過去に起こった出来事を何とか体系付けようとして歴史学という学問ができているんだろうけど、それは無理やり理屈付けようとしているだけ。結局は「人」の行動が歴史を作り上げているわけだからね。逆に地理だけは自然科学の法則が作り出したものだから好きだったけど、世界史とか日本史とかって何のために役に立つんだろうなー。年号とかタダの暗記ゲーだしさ。受験で問われるから仕方なく勉強しているけどね。というような感じで嫌々勉強していた。

 でも、この間書いた一連のイギリス離脱国民投票関連の記事で、やっと、世界史の知識が役立ったんだよね。

 この記事は、かなり早いスピードで書き上げることができた。あのスピードで記事投稿をするためには、受験勉強で培ってきた国語力や英語力はもちろん、地理や世界史の知識が不可欠だった。一個一個調べながら書いてたら、いくら時間があっても足りないし、タイミングを外した記事になってしまっていたと思う。今回はたまたま社会に関する記事だったけど、科学に関する記事だったら、理数系の知識が生きるはず。

 よく学校とかで「学校の勉強って何の役に立つの?」って言う、勉強ができないのに生意気なだけの生徒いるじゃない?あれって、単に自分が辛い勉強から逃げるための口実を作っているだけなのに、そんな質問に答えられない教師って多いよね。それって多分ね、教師達が、知識を十分に活かせるほどちゃんと勉強してないからだと思うんだよね。確かに、特定の科目については、普通の人の何倍も勉強しているかもしれない。でも、その特定の科目以外の様々な知識と結びつけないと、その特定の科目の知識を十分に発揮することもできないからね。

 僕自身、受験勉強のための知識は、学校の授業とか予備校の授業で教わるんじゃなくて、自分で参考書を読み解きながら得てきたわけだから、「学校の勉強」は確かに役立たないかもしれない。でも、受験勉強の対象として設定されている科目は、間違ってないと思う。学校で学ぶことになっている科目は、適切に設定されていると思う。大切なのはさ、それをきちんと学び尽くすってことだよね。で、勉強するにあたっては、教師頼りにならないことだね。結局、現代の日本社会においては能力のない人が教師になっちゃってるケースが大半だからさ。

 言いたいのは、自分のためにした投資は自分を裏切らないってこと。受験勉強って、なんだかんだで辛いじゃない。周りでは遊んでいる人間も沢山いるのに、どうして自分はこんなに辛い思いをしなければいけないんだろうって思うじゃない。でも、そうやって身につけた知識は最終的に自分にかえってくるはず。若い頃遊んでた人が、大人になって人にこき使われて辛い思いをして40年過ごす一方で、知識を身につけた人たちは、上の立場で人を使いながら暮らすことができるかもしれない。はたまた、組織に所属しない個人事業主として、悠々自適に暮らすこともできるかもしれない。

 もちろん、若い頃遊んでた人も、社会人になって周りが遊んでいる中で一生懸命勉強すれば、後者の路線に立つこともできるはず。いくら情報社会が進んだとしても、脳から情報を取り出すよりググる方が早いなんてことはありえない。頭の中で思考するよりも、コンピューターに演算式を入力して計算させる方が早いなんてことはありえない。

 無意味に見える学習行為も、疎かにしないで学び尽くそう。学びは全て生きる糧となるはずだから、