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3年でエリート公務員辞めた結果…

月間30万PV以上!元国家公務員(総合職・旧1種)による備忘録。通称「さんエリ」

意識の高い人間が近くにいるのは非常にありがたい

 世の中には、2種類の「意識の高い」人間がいる。

 ひとつは、自分の信念に従って行動し、自らが設定した目標を達成するために泥臭い努力を惜しまないタイプ(狭義の意識の高い人)。

 もうひとつは、意識が高い人間であること自体が自己目的化され、自分が「狭義の意識の高い人」であるかのように見せかけようと、外形だけを整えようとし、中身の伴わないタイプ。「意識高い系」とも呼ばれる。詳しくは意識高い系 - Wikipedia参照。

 

 正確には、全ての人間は、前者的意味での意識の高さと、後者的意味での意識の高さをあわせもっているが、そのバランスは人によって大きく異なるといえるだろう。

 このブログのプロフィール欄を見てもらえれば分かるように、残念ながら私は、後者の色彩が強い。いわゆる「意識高い系」の人間である。

 しかし、最近ロースクールで出会った方の影響で、私のその傾向が変わりつつあることを自覚している。

 

 旧司法試験末期の、16,088人の受験生に対して59人の合格者しか出していない時代に比べれば、新司法試験はまだ優しい。

 しかし、受験資格を法科大学院卒業者又は予備試験合格者に限定した新司法試験であっても、その合格率は20%程度にとどまっていることから、ロースクール生には法曹として働く将来が約束されているとはいい難い。

 現行制度では、ロースクール卒業後5年間で5回の受験資格が与えられるが、合格率が20%だと考えて単純計算すれば、次のようになる。

卒業後1年目までに合格する確率:20%(1-0.8^1)

卒業後2年目までに合格する確率:36%(1-0.8^2)

卒業後3年目までに合格する確率:49%(1-0.8^3)

卒業後4年目までに合格する確率:59%(1-0.8^4)

卒業後5年目までに合格する確率:67%(1-0.8^5)

卒業後6回目以降で合格する確率: 0%

 なお、実際にはこのように単純化して確率を計算できるものではない。試験に合格する確率というのは、個人個人が有する実力によって99%になることもあれば、1%になることもあるし、その実力というのも、日々変動するものであるからだ。

 

 私が言いたいことは要するに、ロースクール生は、確約されていない将来に向かって、真摯な努力を続けているということである。

 

 経済合理的な観点から見て、ロースクールへの進学を、ハイリスク・ローリターンな博打であると見る人もいるだろう。

 しかし、私はそのような理由だけで、ロースクールへの進学することを否定するべきではないと考えている。

 世の中には、弁護士・検察官・裁判官といった、法曹の立場に立たなければ、実現できないこともあるのだ。

 そのような信念(あるいは夢)を有している人にとって、将来が確約されていようとなかろうと、法曹になるための司法試験に合格するための努力を重ね挑戦しなければ、その信念が実現する可能性はゼロ。

 自己実現のためには、ひたむきな努力を積み重ねて、難関試験に果敢に挑み続けるしかないのである。

 

 さて、若干話の方向性が分散してしまった感があるが、ロースクールの学生には、意識の高い方(狭義)が本当に多い。将来の夢は様々で、市民生活密着型の弁護士はもちろん、ビジネスローイヤーを目指す方もいれば、性犯罪や少年犯罪への対応をしたいと考えている方もいるし、検察官や弁護士になって良心に従った社会的正義を実現しようとしている人もいる。方向性は異なれども、各自、自分が有している夢を実現することを見据えていることには変わりない。

 自分の信念を実現するために、授業で教授が話した内容を全て吸収すべく、講義の録音を何度も聞き返すのはもちろん、何コマも先の授業の内容まで先取りして予習し、多くの文献を読み、問題演習をし、分からないところがあれば授業内外で教授に質問することで、先達が構築した法律の理論体系を余すところなく自分の中に取り入れようとしている。朝起きてから夜寝るまでそのすべてを法律知識の修得に費やし、遊んでいる素振りは一切ない。

 

 そういう人が側にいるおかげで、私も衝き動かされ、同様の生活を送ることができている。これは本当にありがたい。

 人生、つねに全力疾走を続けることはできないけれど、まずは司法試験に合格するまでの数年間、ひたむきに泥臭く走り抜いていこうと思う。

 

(おまけ)

 特に弁護士について見てみると、その仕事の成功は決して約束されているわけではありません。

 民事にしても刑事にしても、クライアントの利益のために労力と時間を注ぎ込んだところで、期待していた結果(判決等)を得られないことは往々にしてあることでしょう。

 しかし、クライアントの希望を100%実現できる確実性はないにしても、1%でも可能性があるのであれば、事実を確認し、論理を積み上げることによって、その可能性を引き上げて100%近くまで持っていくというのが、弁護士の仕事なのではないでしょうか。

 そのように考えると、客観的には20%の低い合格率を自分の努力によって100%近くまで引き上げる、司法試験合格に向けた勉強という作業は、法曹になるための予行演習と見ることもできるかもしれません。

 今、必死で努力している仲間は、将来資格を有してからも、絶対に成果を上げるに違いありません。そういう意味でも、私は今の同級生との繋がりを非常に大事にしたいと考えています。