3年でエリート公務員辞めた結果…

月間30万PV以上!元国家公務員(総合職・旧1種)による備忘録。通称「さんエリ」

【憲法】平等原則、制度準拠型審査【ロースクール少女06】

憲法I  基本権

注意
 既存の法学ガールシリーズとは異なり、あくまでも勉強中の大学院生が自分の理解のために書いているものです。したがって、誤解・誤謬が含まれる場合がございます。
 また、適宜文献を参照しておりますが、参照元に関する記載が粗い場合がございます。
 その点御容赦の上、懐疑的にお読みくださいますようお願いいたします。

第6話 平等原則、制度準拠型審査 

 今日は中央食堂でランチ。中央食堂が改装で半年間使えなくなってしまうので、名残を惜しみながら赤門ラーメンを食べていた。

 ところでさ、都恋ちゃんは、そんなに法律の知識があるのになんで未修コースにいるの?

「なんでって、私が未修者だからだけど」

 え?!

「あれ? 言ってなかったかな?」

 初耳だよ! もともとの専攻は何だったの?

「音楽」

 !?!?

「そんなに驚かなくてもいいじゃないか。君だって私のピアノ聞いたんだから。それともあれかな、君は、私の腕前が音大卒を名乗れるほどじゃないとでもいいたいのかな」

 いや、そうじゃなくて、あまりにも方向性が違いすぎて…。でも、音楽の道は諦めてしまってよかったの?

「別に、音楽を捨てたわけじゃないよ。1人の人間が人生で1つの仕事しかできないなんて、一体誰が決めたんだ。現に、私達の民法を教えてくれている十村(とおむら)先生だって、医師と法学者を両立されているじゃないか。優秀な人間は複数人分の人生を歩むことができるということを証明してくださっている。実にありがたいよ。もっとも、優秀であろうとなかろうと、与えられた時間は全ての人間に平等だからね。尋常ならざる精神があってこそ、あのような人生を歩んでおられるのだろう」

 確かに、生まれ持った才能や体格は、人によってそれぞれ異なる。しかし、与えられた時間は絶対的に平等だ。機会の平等は、残酷なまでに機械的。人生の価値はその有限の時間を、どれだけ有意義に過ごせるかで決まるのだろう。

「君、クールかと思ったら意外に青いね。人生に価値を見出そうとするなんて。

 いやいや、別にいいんだけどね。ちょっと意外だっただけだよ。

 さて、丁度平等の話が出てきたところだし、行政法における社会観念審査の最後の砦、平等原則について扱おうか」

 法律の留保、信義則、比例原則、平等原則。

 言葉で言うのは簡単だけど、ここまで長い道のりだったな。

「平等原則は、塩野先生も『憲法上の原理』(塩野1p.84)と述べられているように、またしても憲法との関連で考えるべきだね」

 憲法14条か。

「憲法の問題においては、平等原則は適用範囲が広すぎるから、明らかに平等原則が問題となっている問題以外では大々的に扱わないというのが司法試験界の慣習になっているね。もっとも、これについては紆余曲折があるのだけれど、現在となってはその考え方で問題ないだろう」

 そうすると、行政法においても平等原則は適用範囲が広すぎるということになるんじゃないかな。

「そうなんだよね。ただ、比例原則についてそうだったように、行政法の答案において平等原則一本で勝負するということは殆どない。だから、『相対的平等』『機会の平等』というワードを軸に、サラッと書くのがいいんじゃないかな」

 サラッと、ね。

「一方で、憲法において平等原則が問題となった場合、サラッと書くだけでは済まされない。最近は、非嫡出子相続分違憲判決や、再婚禁止期間違憲判決など、平等原則に関する法令違憲判決が続出しているところだしね」

 平等原則についても、三段階審査で考えればいいのだろうか。あれ、でも、憲法14条の保護範囲って何なんだ?

「そうなんだよ。そこは、他の人権条項との違いだ。確かに、14条の保護範囲を明確に画定し、平等の内容を限定的にとらえる見解もありうる。しかし、判例も一貫して、平等条項が『国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に即応して合理的と認められる差別的取扱をすることは、なんら右各法条の否定するところではない』(最大判昭39.5.27)と述べているように、差別を広くとらえる傾向にある。また、平等原則においては、単に『別異取扱い』が存在しているだけで『制約』を観念しづらい場合がある。

 そこで、平等原則に関しては、三段階審査の1段回目を取り除いた上で2段階目を変容させ、①別異取扱い→②正当化という2段階で審査すべきなんだ」

 ②正当化は、普通の人権条項と同様に審査基準をあてはめればいいのかな?

「判例は、正当化について、『合理的根拠』があるか否かという観点から判断している。ただ、最高裁判事のような『達人技』(古江p.5)を使う域まで達していない受験生は、合理的根拠があるか否かについて、明確な規範を定立した上で判断する必要がある。それがすなわち、二重の基準論の応用(芦部p.131以下)だね」

 平等原則においても、芦部先生の例の図を念頭に置いた上で、審査密度を上下させればいいということだろうか。

「そういうことになる。もっとも、審査基準を上下させる要素としては、①差別の基礎の性質(①-ⅰ脱却可能性,①-ⅱスティグマの有無),②差別により制約される利益の性質・程度,③立法裁量の有無・程度の3要素が存在する(伊藤たける『憲法の流儀』)。

 このうち、①差別の基礎の性質については、14条1項後段列挙事由として例示列挙された『疑わしい分類(suspect classification)』(宍戸p.109)に該当するかという話に相当するね。非嫡出子相続分違憲判決で示されたように、自己の力では脱却できず、かつ、レッテル貼りがされるような『非嫡出子』という『身分』に基づく差別は審査密度が高くなることになる。

 さらに、差別により制約される利益の性質・程度については、精神的自由に関連するか経済的自由に関連するか(民主政の過程に資するものか否か)、事前的な差別なのか事後的な差別なのか、差別の程度が軽微か甚だしいかといった観点で、本来の二重の基準と同様に考える。

 それから、何度も言うけれど、立法裁量についても忘れずにね」

 なるほど。昔予備校のテキストで、平等原則が問題となった事例ごとに審査基準を分類した表を覚えさせられて挫折した記憶があるけれど、要するに、平等原則に関しても個々の事情をもとに審査密度を上下させることで、妥当な審査基準が導かれることになるということなんだ。

「さて、と。

 とりあえず、おめでとう! ひととおり行政法における社会観念審査の基本概念をさらうついでに、憲法判断の重要なフレームワークを構築することができたね」

 これで終わりで、いいんだろうか…。

「もちろん、個々の判例の知識については、別途押さえなければならない。合格答案をかくためには、判例をはしごにして書く必要があるからね。でも、今まで学んだようなフレームワークが頭にあれば、ほとんどの問題に対応できる」

 とにかくもう一度、このフレームワークをもとに判例を読み直してみよう。

 あれ、でも今、「ほとんどの問題」って言わなかった? すると、このフレームワークでは対処できない問題もあるということ?

「耳聡いね! 普通聞き流してしまうような文言に着目するとは、お主もなかなかやりおるな」

 急にキャラを変えないでほしい。

「実はね、そうなんだよ。これまで学んできた三段階審査の枠組みが使えない憲法の問題というのは、存在する。例えば、三段階審査が流行し始めた頃、受験生をひっかけるべく作られた平成23年司法試験のようにね」

 そんなことがあったのか…。

「平成23年司法試験は、生存権の問題だった。そして、生存権というのは、三段階審査が得意とする防御権ではないのよ」

 防御権?

「防御権というのは、表現の自由や内心の自由、信教の自由のように、憲法上保護された自由・利益に対する国家権力の妨害を、自由・利益の主体が自らの意思で排除する主観的な権利(宍戸p.167)のこと。自然権由来の人権と考えてもらって差し支えないわ。

 一方で、生存権や参政権のような社会権は、生来人間が有していたものではなく、国家によって与えられた権利でしょ。このような権利については、具体的に法律で定められなければその実体が現れないことから、その権利の保護範囲を憲法上確定することができないのよ(宍戸p.168)。」

 三段階審査が使えないとなると、どうすればいいのかな…。

「こういう時に出てくるのが、制度準拠型審査(憲法ガールp.49)よ」

 せいどじゅんきょがたしんさ? また新しい枠組みが…。

「そんなに構える必要はないわ。これは単に、憲法上の価値を各個別行政法に流し込んで個別行政法を解釈した上で、個別行政法の枠内で事例を判断するというだけのことなんだから。行政法の事例問題における個別行政法の解釈において、個別行政法の1条におかれた趣旨目的規定をもとに個別の規定を解釈するのと同様の手続よ。だから、最初の行政法のフレームワークでいえば、裁量の有無を左右する要素として憲法が用いられることになるの。現に、平成23年の問題は、生存権の価値を生活保護法に流し込んだ上で行政の側の裁量を狭めて解釈する問題だったわ」

 そうなんだ。そうやって、他の枠組みと紐付けて考えると分かりやすいな。新しい概念が出てきたというわけでもなさそうだし。

 あれ、憲法の規定を個々の規定に読み込むっていうのは、私人間効力における間接適用説とも似ているような…。

「鋭い! 社会権は対国家的な権利だから、社会権についての制度準拠型審査と私人間効力の適用領域がクロスすることはあまりないけれど、私人間効力において一般規定に憲法の価値を読み込むのと、やっていることは同じ。もっとも、私人間効力が問題となる場面においては、『社会的許容限度』を超えるか否かということも忘れてはならないけれどね。

 さあさあ、これで一応憲法・行政法は一段落だ。ここまで頑張ったご褒美に、君が言うことをひとつ何でも聞いてあげよう。みゃーみゃーからの特別大サービスだよ」

 !! 急にそんなこと言われても…。いつも上から目線なのに、こういうときだけ上目遣いになるのはやめてほしい。

 えっと、それじゃあ…