3年でエリート公務員辞めた結果…

月間30万PV以上!元国家公務員(総合職・旧1種)による備忘録。通称「さんエリ」

【刑法】実行行為・因果関係・結果【ロースクール少女08】

判例刑法総論 第6版

注意
 既存の法学ガールシリーズとは異なり、あくまでも勉強中の大学院生が自分の理解のために書いているものです。したがって、誤解・誤謬が含まれる場合がございます。
 また、適宜文献を参照しておりますが、参照元に関する記載が粗い場合がございます。
 その点御容赦の上、懐疑的にお読みくださいますようお願いいたします。

第8話 客観的構成要件 

 客観的構成要件の中身は、実行行為、因果関係、結果だな。

「それじゃあ、実行行為の定義は?」

 授業で何回もやったからこれは大丈夫。「結果発生の具体的危険性のある行為」だ。

「そうだね。だからこそ、結果発生の具体的危険性が生じた時点で実行の着手が認められるし、実行行為の有する危険性が現実化したら実行行為と結果との間に因果関係が認められる」

 未遂犯となるべき時期の論点と、因果関係における危険の現実化の論点を一気に処理できてしまった。

「同様の観点から、間接正犯についても処理できるよね」

 そうだ。間接正犯は、他人を巻き込んでいるけれども、共犯ではなく単独犯として処理すべきものだった。そして、被利用者の反対動機形成可能性が著しく低い場合には、犯行を促した時点において結果発生の具体的危険性が生じていることになって、実行の着手が認められることになるんだ。

「ところで、判例においては、危険の現実化の判断をする際、客観的に存在していた全ての事情を踏まえて判断するよね。例えば心臓病のような事情も含めて。いわば、折衷的相当因果関係説における客観説のような立場をとっているのだけれど、これの理由付けはどのようにすればいいのかな?」

 これは授業で説明されなかった部分だ。素直に考えるならば、因果関係は客観的構成要件の一内容だから、当事者あるいは一般人が認識していたかあるいは認識可能だったかという主観面によって左右されるべきではないということを理由にすればいいと思うのだけれど。

「そうだね。私も同感だよ。この考え方には批判もありうるところだろうけれどね、同じく客観的に判断される違法性についても、正当防衛や緊急避難の成否に当事者の主観が差し挟まれないのと同様に、因果関係についても当事者等の主観によって考慮すべき要素が左右されるべきではないと考えるのがストレートで分かりやすいよね。

 そういえば、『行為』の概念も確認しておく必要があるね。さっきはいきなり『実行行為』の定義を確認してしまったけれど」

 行為とは、「意思に基づく身体の動静」。特に「静」が含まれているのが、不作為犯との関連で重要だな。

「不作為犯の成立要件についても確認しておこうか」

 行為を「意思に基づく身体の動静」と定義することから、「静」つまり何もしていない不作為の場合にも処罰することが可能になる。しかし、作為の場合と同様に処罰をする以上、①作為義務と②作為の可能性・容易性が必要になる。

「『作為との構成要件的同価値性』はいらないの?」

 それも必要だ。しかし、僕はそれを、作為義務に含めて解している。すなわち、以前の通説においては、①作為義務(法令・契約・慣習・条理)、②作為の可能性・容易性、③作為との構成要件的同価値性が必要とされていた。

 だが、僕の整理では、①作為義務を認定する前提として、(a)結果支配性(=作為との構成要件的同価値性)及び(b)法令・契約・慣習・条理、が必要だと考える。授業で先生は、(b)に相当するものとして「先行行為」というのを強調されていたけれど、先行行為は「条理」の一内容として理解したほうが分かりやすいのではないか。

 そのように①作為義務を認定した上で、②作為の可能性・容易性があったにも関わらず作為をしなかったのであれば、不作為犯の成立を認めることができるようになる。

「おっと、不作為犯を考えるにあたっては、結果回避可能性すなわち条件関係の認定を忘れずにね」

 結果回避可能性については、「十中八九」すなわち「合理的な疑いを超える程度に確実」であったことが必要だけれども、これについては先生が授業で言っていたとおり、刑事訴訟法において求められる証明の程度と同じなんだよな。だから、実体法である刑法においては、単に条件関係があるということを単純に認めればいいんだろうな。

「不作為犯における条件関係ってのは、『あれあればこれなし』の関係ということだね。

 ふむふむ、さすがによく理解できているね。憲法や行政法の主に扱っていたときより饒舌になっているのは気のせいかな?

 まあ、客観的構成要件についてはこんなところだろう。次は主観的構成要件に行こう」