残業にカウントされない「仕事」の存在
過労死白書の閣議決定に伴って、2015年末に自殺した電通の女性職員の話題が取り上げられ、様々な問題提起をされています。
中には、残業100時間で自殺するなんてだらしないと言い出す大学教授まで出てくるほど。
実際に労働基準監督署が認定した残業時間105時間と、彼女がツイートでつぶやいていた、2時間しか寝られず土日も出勤しなければならない労働環境との間には、大きな乖離があります。
故人のツイートを引用することはしませんが、彼女は、「1日20時間会社にいると…」という事も言っています。
1日の労働時間が8時間だとすると、1日あたり12時間の残業が発生。1ヶ月のうち平日が20日あるとすると、月240時間の超過勤務が発生していたことになります。もちろん、毎日がそんな生活ではなくて、22時くらいに帰れることもあったのでしょうが、ここでまだ、土日出勤時の超過勤務を計算に入れていないことを考えても、これは恐ろしい事態なのではないかと思います。
さすがに月240時間の残業はしたことはありませんが、以前私も似たような労働環境にいました(幸い、私の場合は周りにいる方からのハラスメントみたいなものは一切なく、むしろ温かい方々だったので、死ぬことを考えることはありませんでしたが)。
さて、同じように(と言っては失礼かもしれませんが)年次の壁は海よりも深い体育会系のタテ社会の中で、劣悪な労働環境の中で働いていた私としては、長い勤務時間やハラスメントの他にもう一つ、彼女を自殺に追い込んだ原因があるのではないかと考えています。
それが、残業にカウントできない辛い「仕事」の存在です。
具体的には、業務時間外に行う、会社の飲み会の準備や接待などです。
タテ意識の強い会社では往々にして、会社の飲み会の幹事を若手職員が行います。
職場の先輩に顔を売るいい機会でもあるので、いい飲み会を開いてドヤることに満足感を覚える仕切り好きの人間(私もどちらかというとこっち)にとっては、必ずしも悪いことばかりではないのですが、みんながみんな、幹事業を得意とするわけではありません。年上の男性職員の好みや要望に気をまわしながらお店を手配して、場合によっては自ら宴会芸も行わなければならないとなれば、それが多大な負担となってしまう女性職員もいるのではないでしょうか。
アクセスや個室、料理や金額といった諸々の面を考慮して、せっかく希望通りのお店が見つかったとしても、どこの業界でも飲み会を行うシーズンというのは同じようなものなので、希望のお店が一杯で予約できないこともあります。その場合には一から店探しをやり直さなければならず、無駄に時間を取られます。
ただでさえ超過勤務で睡眠時間が削られている中、「業務外」の「会社の仕事」に煩わされることは人によっては非常なストレスになるのではないでしょうか。
実際に電通の女性職員も、Twitter上で宴会の準備の苦痛について言及していました。
また、業界によっては会社内部の飲み会だけでなく、外部向けの接待で平日の夜や休日が潰れることもあるでしょう。
タテ社会というのは必ずしも悪いことばかりではなくて、結束が強くて先輩の面倒見がいい一面もありますが、それにあわない性質を持つ職員もいます。特に、今回の電通の事件に関しては、私には想像もつかないような酷い慣習が常態化していたのかもしれません。
もちろん、前評判を聞いた上で入社している以上、郷に入れば郷に従えの精神でその環境を受け入れてしまえるのが一番楽と考える人もいるでしょう。しかし、普段当然のように受け入れているその会社の慣習が、果たして正しいものなのか、改善する余地はないのかということも、折にふれて考える必要があるのではないかと思います。
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