殺人罪の時効廃止は、法改正前に犯行を行った人物にも適用されます
玉木宏さん主演のドラマ「キャリア 〜掟破りの警察署長〜」の中で、法律的に面白いシーンがありました。
それは、犯人(桐島)が1991年に行った殺人事件に関する時効について扱った次のシーン。
桐島は、警察官だった玉木宏の父親を1991年に殺害していますが、逮捕されることなく逃亡していました(実際には、警察組織による隠蔽によるものですが、ここでは割愛します)。
1991年に殺害ということは、以前存在していた「殺人事件に関する時効」の15年が経過した2006年の時点で時効が成立し、起訴することができなくなってしまうようにも思いますが、実は事件直後に5年間フランスに滞在していたため、その間時効が停止していたのです。
そのため、当該殺人事件に関する時効は2011年に成立するはずでしたが、2010年4月27日に「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」が公布、即日施行されて殺人罪に関しては時効が廃止されたのです。
そのため、2010年時点で時効が成立していなかった桐島は、時効が完成する余地がなくなり、2016年時点において、1991年に起こした事件の罪で逮捕されるに至りました。このことにより、事件隠蔽に関わっていた警察の上層部は責任をとって総辞職。めでたしめでたし。
という流れでした。
(キャリア 〜掟破りの警察署長〜 第10話より)
視聴者の方にはもしかしたら、法改正前に起こした殺人事件についても、時効が撤廃されるなんて本当なの?って思われた方もいらっしゃるかもしれません。
しかしこれについては、実際に最高裁判所の判例(2015年12月3日)があるのです。
その中では、1997年に起きた強盗殺人事件について、2012年に時効が完成されるはずだったのに、2010年の法改正により時効が撤廃され、2013年に逮捕された事案が争われていました。
前提として、2010年の「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」には、次のような経過規定がありました。
新法第二百五十条第一項の規定は、刑法等の一部を改正する法律(平成十六年法律第百五十六号)附則第三条第二項の規定にかかわらず、同法の施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮こ以上の刑に当たるもので、この法律の施行の際その公訴の時効が完成していないものについても、適用する。
要するに、2010年の法改正時点で時効が完成していない者についても、時効を廃止するよ、ということです。
弁護側は、この経過規定が、遡及処罰を禁止した憲法39条及び適正手続を保障した憲法31条に反すると主張しました。
しかし、最高裁判所は、弁護側のこの主張を退け、当該経過規定は合憲とし、1997年に発生した強盗殺人事件について時効が成立していないことを認めたのです。
その主な理由が、次のとおり。
公訴時効制度の趣旨は,時の経過に応じて公訴権を制限する訴訟法規を通じて処罰の必要性と法的安定性の調和を図ることにある。本法は,その趣旨を実現するため,人を死亡させた罪であって,死刑に当たるものについて公訴時効を廃止し,懲役又は禁錮の刑に当たるものについて公訴時効期間を延長したにすぎず,行為時点における違法性の評価や責任の重さを遡って変更するものではない。そして,本法附則3条2項は,本法施行の際公訴時効が完成していない罪について本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとしたものであるから,被疑者・被告人となり得る者につき既に生じていた法律上の地位を著しく不安定にするようなものでもない。
したがって,刑訴法を改正して公訴時効を廃止又は公訴時効期間を延長した本法の適用範囲に関する経過措置として,平成16年改正法附則3条2項の規定にかかわらず,同法施行前に犯した人を死亡させた罪であって禁錮以上の刑に当たるもので,本法施行の際その公訴時効が完成していないものについて,本法による改正後の刑訴法250条1項を適用するとした本法附則3条2項は,憲法39条,31条に違反せず,それらの趣旨に反するとも認められない。
もちろん、最高裁の考え方が絶対の真理というわけではないですし、もし弁護する立場であれば憲法違反を主張したくなるのもわかりますが、利害関係のない客観的な立場から考えると、これについては時効の趣旨を踏まえた最高裁判所の判断が適切なものであるように思われます。
そもそも、刑事事件における時効の制度は、犯人の利益のためにある訳ではないですからね。
判決の全文が読みたい方は、こちら(http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/518/085518_hanrei.pdf)をご覧ください。
というわけで、ドラマの中ではさりげないシーンでしたが、実は犯人逮捕のためにとても重要な理論でしたし、こういう小ネタをビシっと入れてくるのは面白いですね!