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松本伊代と早見優は警察の見せしめに利用されたのでは?
最近世間を騒がせている、松本伊代さんと早見優さんの線路内立入に関する書類送検の一件。
確かに、お二人の行為は軽率だったのではないかと思いますが、これに関する警察の対応を見ると、個人的にはいささかやり過ぎなように感じています。
常習化した線路内への立入行為を防ぐために、当該行為が違法であることを、京都府警が、世間的な知名度のある松本伊代と早見優を書類送検することで見せしめにして世間に知らせようとしたのではないかなと。
この記事では、どうしてそれが「見せしめ」に見えるのかを書いていきたいと思うのですが、その前に今回処罰の根拠となっている法律関係について確認したいと思います。
処罰の根拠
マスコミの報道によると、松本伊代さんと早見優さんは、鉄道営業法第37条違反で書類送検されています。
実際に鉄道営業法(明治三十三年法律第六十五号)を見てみると・・・。
鉄道営業法
第37条 停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者ハ十円以下ノ科料ニ処ス
なんと文語体!
「妄ニ」とか読めない方もいらっしゃると思うので、口語化してみるとこんな感じですね。
第37条 停車場その他鉄道地内にみだりに立ち入った者は八十円以下の科料に処する(筆者訳)
あれ? 80円?? ニュースでは1万円とか言ってたけど???
と思われた方。正解です。
罰金等臨時措置法(昭和二十三年法律第二百五十一号)に次のような規定があるからです。
罰金等臨時措置法
第2条
第1項 刑法 (明治四十年法律第四十五号)、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)につき定めた罰金については、その多額が二万円に満たないときはこれを二万円とし、その寡額が一万円に満たないときはこれを一万円とする。ただし、罰金の額が一定の金額に倍数を乗じて定められる場合は、この限りでない。
第2項 前項ただし書の場合において、その罰金の額が一万円に満たないときは、これを一万円とする。
第3項 第一項の罪につき定めた科料で特にその額の定めのあるものについては、その定めがないものとする。ただし、科料の額が一定の金額に倍数を乗じて定められる場合は、この限りでない。
上掲の鉄道営業法37条の罪(線路内にみだりに立ち入る罪)は、罰金等臨時措置法第2条第1項の「刑法 (明治四十年法律第四十五号)、暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)及び経済関係罰則の整備に関する法律(昭和十九年法律第四号)の罪以外の罪(条例の罪を除く。)」 に該当します。
また、鉄道営業法37条の罪では「科料」について規定されているので(科料と罰金の違いについては後述)、罰金等臨時措置法第2条第3項が適用され、結果的に、鉄道営業法第37条に違反した場合、「(額の定めのない)科料」が科されることになります。
「(額の定めのない)科料」の場合、刑法(明治四十年法律第四十五号)の規定に基づき、千円以上一万円未満の金銭が徴収されることになります。
刑法
第17条 科料は、千円以上一万円未満とする。
参考までに、「科料」というのは、「罰金」と同様に刑法が定める財産刑(金銭を徴収する刑罰)のひとつです。「罰金」よりも「科料」の方が刑罰が軽くなっています。
罰金の場合は、刑法において1万円以上と定められています。
刑法
第15条 罰金は、一万円以上とする。ただし、これを減軽する場合においては、一万円未満に下げることができる。
なぜ見せしめに思える? 今回の騒動に関する違和感
前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。今回の件、私はやはり、京都府警が松本伊代と早見優を見せしめに利用したようにしか思えません。
その理由は、次のとおりです。
京都府警は起訴するつもりがそもそもなかったのでは
さて、本件について、京都府警は松本伊代と早見優を書類送検しています。
書類送検というのは、マスコミ用語で法律用語ではないのですが、要するに、逮捕せずに事件に関する書類を検察官に送り、起訴不起訴の判断を委ねる行為のことです。
テレビに登場する司法関係者の多くが、本件について「不起訴となるだろう」ということをコメントしていますが、そもそも京都府警は起訴するつもりがなかったのではないかと思うのです。「書類送検した」という情報をマスコミに流すことによって、十分に世間で騒がれ、線路内立入の違法性を世間に知らしめることができたわけですからね。
なぜ起訴するつもりがないと思うのか、その理由は①故意がないこと、②可罰的違法性がないことの2点から、本件は有罪判決まで持っていけるような事件ではないからです。
①故意がない
松本伊代と早見優は、今回の線路内立入りの行為について、「被写体として、全身を写すために後ろに数歩後ずさったら結果的に線路内に降りてしまった」と主張しています。
あくまで松本伊代と早見優自身の証言であることは前提となってしまいますが、今回問題となっている写真のポーズや、その後松本伊代が自身のブログにアップロードしている行為を見ると、これが真実だったのではないかと思います。
線路内に立ち入ろうとしたのではなく、踏切のところで、線路を背景に写真を撮ろうとしただけなのではないかと。
つまり、「線路内に立ち入ろう」という意思があったわけではなく、「いつの間にかうっかり線路内に立ち入ってしまっていた」ということです。
確かに、当該事件のあった踏切には「線路内立入禁止」の注意書きも多くあり、また、踏切という危険な場所での写真撮影ということで、お二人が線路内にうっかり立ち入ってしまった行為には、過失があったと言えるかもしれません。
しかし、刑法上、過失犯は原則として処罰しないこととなっています。
刑法
第38条第1項 罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。
過失致死罪や業務上失火罪といった、法律で過失犯が規定されているものを除き、過失犯は処罰されないのです(例:刑法では過失器物損壊罪が規定されていないため、過失で人の物を壊しても処罰されない)。
もちろん、踏切の中で写真を撮ることは非常に危険であり、それ自体非難されるべき行為かもしれませんが、踏切自体は歩行者が立ち入ることが当然に想定されている場所であり、法律に抵触する行為ではないのです。
②可罰的違法性がない
また、今回確かに線路内に立ち入ったということで、鉄道営業法の「停車場其ノ他鉄道地内ニ妄ニ立入リタル者」に形式的には該当するかと思いますが、実際に刑罰を課すほどの違法性があったとは言えないと思います。
というのも、①立ち入った場所は踏切のすぐそばであり、また②時間も10〜15秒(松本伊代による証言)とかなり短かったからです。
(少しずれるかもしれませんが分かりやすい例を出すと)ティッシュペーパー1枚の窃盗が、窃盗罪に該当するけれども処罰には値しないというように、今回の行為は、法律上違法とされた行為に該当はするけれども、実際に処罰に値する程の行為ではないと思われるのです。
軽微な違法行為かつ非現行犯
松本伊代と早見優を見せしめにしたと思われる2つ目の理由が、本件が、軽微な違法行為であるにも関わらず、現行犯ではなく、約1ヶ月後に警察が動いているということです。
今回違反したとされる鉄道営業法第37条は、前述の通り「科料(千円以上一万円未満の)」であって、「罰金(1万円以上)」ではありません。
例えば、道路交通法においては、歩行者の信号無視であっても「2万円以下の罰金又は科料」が科されることになっていますが、これよりも鉄道営業法第37条違反は、法令上軽い罪となっているわけです。
道路交通法
第7条 道路を通行する歩行者又は車両等は、信号機の表示する信号又は警察官等の手信号等(前条第一項後段の場合においては、当該手信号等)に従わなければならない。
第121条第1項 次の各号のいずれかに該当する者は、二万円以下の罰金又は科料に処する。
第1号 第四条(公安委員会の交通規制)第一項後段に規定する警察官の現場における指示若しくは第六条(警察官等の交通規制)第四項の規定による警察官の禁止若しくは制限に従わず、又は第七条(信号機の信号等に従う義務)若しくは第八条(通行の禁止等)第一項の規定に違反した歩行者
もちろん、刑罰が軽い行為だから違反してもいいというわけではありません。
しかし、今回のような法令上も軽微な違法行為を、ブログにアップロードされた画像を根拠に、約1ヶ月後に任意の事情聴取をし、事件として騒ぎ立てるのは相当性を欠くのではないでしょうか。
これが現行犯逮捕とかであればまだ納得がいくのですが・・・。
また、警察は「線路内 写真撮影」でGoogle検索して出て来る画像をひとつひとつ調べ、個別に起訴したりするのでしょうか。
もしそのような対応をするのであれば、筋が通っていて、今回の松本伊代と早見優の書類送検の件も仕方のないことだと思いますが、そうしないのであれば「知名度を利用した見せしめ」であることを否定しきれないのではないでしょうか。
最後に
ブログにアップロードした写真を発端として刑事訴追の可能性まで発展した今回の事件。(知名度は雲泥の差があるものの)同じくインターネット上で情報発信をしている私も注意を喚起されるものでした。
しかし、刑罰が科される科されないに関わらず、警察と接触しただけで騒がれるねじまがった日本社会。権力の運用は慎重に適切に行ってもらいたいものです。
おまけ:看板が分かりにくい
完全に傍論ですが、今回の騒動となった踏切に掲げられていた線路内への「立入禁止」を呼びかける看板がすごく分かりにくいですね。
騒動となった写真に写り込んでいるのがこちらで、かなり解像度が荒いのですが、現地を取材していたテレビニュースで実物の画像を見ると、上の黒い部分には「線路内は大変危険です!」と書いてあり、左側の赤字は「危険」というのが日本語、中国語(簡体字)、韓国語、英語で書いてあります。そしてその右側の青いところに「立入禁止」というメッセージが同じく日本語、中国語、韓国語、英語で書かれていました。
しかし、この看板、すごくみづらくないですか? 特に、青字の部分。
線路内は大変危険です!
危険 危険 立入禁止
禁止进入
출입금지
위험 Danger No Entry
と書いてありますが、これを一見すると、「線路内は大変危険です!」を各国語に訳したものが書いてあるのかなと勘違いする人もいるのではないでしょうか。最近では、簡体字と繁体字で、中国語を2種類併記する看板も増えてますからね。
もちろん、法の不知を理由に故意の不存在を主張することはできないのですが(刑法第38条第3項)、もう少し「立入禁止」が目立つようにすべきではないかなと思います。
刑法
第38条第3項 法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。
(法律だけでも約2000個存在している現代社会において、今回の鉄道営業法のように文語体で書かれた法律まで知っている前提で手続きが進められていくのは、かなり無理があるように思いますけどね・・・。)