不法行為に関する胎児の権利能力
まず、次の問題を見て、その正誤(◯✕)を判断して頂きたい。
胎児は、不法行為に基づく損害賠償請求権を訴訟物とするときは、当事者になることができる
(平成26年司法試験予備試験民事系科目第31問より)
法務省の示した回答によれば、これは◯である。
しかし、民法を学習したことのある人はこれについて、違和感を感じるのではないだろうか。
確かに、民法には次のような規定がある。
(損害賠償請求権に関する胎児の権利能力)
第七百二十一条 胎児は、損害賠償の請求権については、既に生まれたものとみなす。
しかし、この条文の解釈については、停止条件説と解除条件説が対立しており、判例では停止条件説をとったということを民法の授業で学んでいるからである。
民法の世界
例えば、みんな大好き内田民法の中には、次のような記述がある。
もっとも,胎児の間に母親を代理人として損害賠償請求ができるかは争われており、判例はできないとの立場をとった(大判昭和7年10月6日「阪神電鉄事件」)。 したがって、生まれてから母親(法定代理人)が代理して損害賠償請求することになる。(p.93)
また、河上正二先生の『民法学入門』の中でも次のような記述がある。
判決理由によれば、胎児について不法行為上の損害賠償請求権を認めた民法721条は、胎児が後に生きて生まれた場合に、不法行為時点である過去に遡って、損害賠償請求権を取得していたことにする(=みなす)というだけのものであって、実際に胎児の時に損害賠償請求権を取得してこれを処分できるような能力を与えているわけではないという。言い換えれば、胎児は、胎児のままの状態では未だ損害賠償請求権の帰属主体とはなりえず(権利能力がない)、生きて生まれることを条件として、そのような効果が「後から」付与されるにすぎない(→それまでは効果の発生が「停止」されている)。これをやや法技術的に表現すると、生きて生まれることを「停止条件」として胎児に(不法行為の損害賠償請求に関する)権利能力が認められることになる。(p.51)
やはり、『阪神電鉄事件』がある以上、民法の世界では停止条件説を判例通説として扱っているのである。
民事訴訟法の世界
一方で、民事訴訟法の大家である新堂先生の『新民事訴訟法』の中には、次のような記述がある。
胎児の当事者能力も、相続、受遺贈、および不法行為に基づく損害賠償請求権についてはすでに生まれたものとみなされるから(民721条・886条・965条)、この関係の訴訟においては、胎児のままで、その母を法定代理人として当事者となることができる。この胎児が死産であったときは、係属中の訴訟は当事者を欠くことになり、訴えは却下される(判決後死産であったときは、判決は、無効となる)。(p.145)
これは、どう読んでも、解除条件説に立っているとしか読めない。
進堂先生は独自説をとる傾向も強いのだが、伊藤眞先生もこの件については、胎児の訴訟行為は、法定代理人となる者によって行われるとの記述があり、やはり解除条件説を採られているようである。
とりあえずのまとめ
正直、すごく気持ち悪い。
実体法である民法の世界では停止条件説が判例通説なのに、手続法である民事訴訟法の世界では解除条件説が通説であるというようなことがあっていいのだろうか。
全然違う法分野ならまだしも、同じ私法の分野でこのような食い違いがあるのはどうも腑に落ちない。
むしろ、阪神電鉄事件は、原告救済のためにあえて停止条件説をとった古い判例であって先例性を失っており、今では民法の世界でも解除条件説が通説と扱うべきなのではないだろうか。
まあ、こんなことで悩んでも仕方がないので、とりあえず択一試験においては、民法では停止条件説の立場から、民事訴訟法では解除条件説の立場から解くことにしておこう。
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