亀石弁護士の行うタトゥー裁判のクラウドファンディングに参加しました
2018年3月1日、日本で初めて、裁判費用のクラウドファンディングプロジェクトがスタートして話題になっています。
募集開始から約1日が経過した3月2日20時時点では、54人の支援者から84万5千円の支援が集まっています。
私自身も、企画を見てすぐに1万円分の支援をしました!
すぐに支援することを決めたのは、本件の主任弁護士である亀石弁護士の考え方に共感したからです!
亀石倫子弁護士とは
亀石弁護士といえば、2017年、見事に歴史的な判決を勝ち取ったGPS事件が有名です。
この事件は、強制処分法定主義の概念にも影響を及ぼし、憲法学会及び刑事訴訟法学会を激震させるほどの大きな判決でした。
最新の刑事訴訟法判例百選にも掲載されています。
私自身は、↓の記事を読んで共感するところが多く、ファンになりました。ご一読をオススメします。
GPS訴訟からタトゥー訴訟へ
GPS判決により一躍有名となった亀石弁護士が次に取り組んでいる訴訟が、いわゆる「タトゥー訴訟」です。
タトゥー訴訟とは、2015年に無免許で「医業(医師法17条)」を行ったとして医師法違反で起訴された大阪府の彫師に関する刑事事件。
2017年9月には、大阪地裁が、タトゥーを彫るためには医師免許が必要である旨を判示して、有罪判決をくだしました。
これを受けて被告人及び弁護側は控訴しており、それにかかる訴訟費用をクラウドファンディングで現在集めているというわけです。
個人的には、大阪地裁の判断には納得がいきません。
大阪地裁は、「医業」を「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を、反復継続する意思をもって行うこと」とし、入れ墨を彫る行為が「医行為」と解釈しました。
確かに、入れ墨を彫ることで、金属アレルギーや細菌感染を引き起こす可能性をゼロにすることはできないでしょう。
しかし、そんなことを言うならば、たとえば床屋で理髪師がカミソリで髭をそる行為や美容室で薬剤を使って髪を染める行為にだって同様の危険はあります。
さらに、医師免許を持っていない看護師が静脈注射をしますが、これには入れ墨を彫る以上の危険性が潜んでいます。それにも関わらず、「医行為」とはされていません。
つまり、大阪地裁の医師法の解釈は、一貫性がないのです。
むしろ、「タトゥーは裏社会を象徴する悪いもの」という先入観、あるいは医師会からのプレッシャーで歪められた厚生労働省の解釈に引っ張られた判断なのではないかと勘ぐってしまいます。
訴訟費用をクラウドファンディングで集めるメリット
すべての人が経済的な心配なく十分な法的救済を受けられる社会の実現
世の中には「弁護士は稼いでいるんだからクラウドファンディングなんてせずに自分のお金を出して裁判を進めるべきだ」という方もいらっしゃると思います。
しかし、弁護士の収入は人それぞれです。中には年に数千万円〜数億円稼いでいる弁護士もいるとは思いますが、それはごく一部。そして、大きく稼ぐブルジョワ弁護士の多くは、BtoB(ビジネスtoビジネス。即ち、企業法務)の仕事をされている方です。
本当に法的救済を必要としている国民個人を相手にしている弁護士の収入は、普通の会社員と同じ程度。
そのような弁護士が、自ら顧客の裁判費用まで負担して訴訟を進めていたら弁護士自身の生活が持ちません。
司法制度改革により弁護士の数は増えましたが、自らの利益確保に走らず、法律家として社会的正義を実現すべく働く余裕のある弁護士はどれくらい増えたのでしょうか。データが手元にあるわけではありませんが、あまり芳しい答えは返ってこないでしょう。
これまで、刑事弁護や行政訴訟は、利益の少ない案件として、弁護士が進んで受けない分野になってしまっていました。
本来、公権力による不当な抑圧から国民の権利自由を守る機能を果たす刑事弁護や行政訴訟にこそ、法律家のリソースが割かれるべきなのに、詰まるところ金銭の問題である民事訴訟に多くの法律家が集まってしまったというのは、弁護士の報酬についても完全に市場原理にまかせてしまったことによる市場の失敗に他なりません(もちろん、民事事件を軽視しているわけではなく、生命や精神的自由が問題となる民事事件もあるということは承知しています)。
このように行き詰まってしまった状況を打破できるのが、クラウドファンディングによる訴訟費用の調達なのです。
もしあなた自身が、たとえば痴漢で誤認逮捕されてしまったり、あるいは不当な理由で年金を打ち切られてしまった場合、これまでの仕組みでは十分な弁護活動を受けることができず、途方に暮れるしかありませんでした。
しかし、クラウドファンディングで訴訟費用を集めることができるようになれば、これが一変します。自分の窮状を世間に訴え、人々の共感を集めれば、十分な弁護を受けることができるようになるのです。
そのためのベスト・プラクティスとして、今回のタトゥー裁判が今後機能していくようになることでしょう。それを応援したいという思いをこめて、私も支援しました。
クラウドファンディングに参加することで当事者意識が芽生える
それから、これは実際に参加してみて思うことですが、クラウドファンディングに参加すると、参加した訴訟に対する当事者意識が芽生えます。
通常、裁判は完全な他人事になってしまいます。
事件の発生をネット記事で読んで、弁護士のプレスリリースをテレビニュースで見て、数ヶ月後、経過もよく分からず判決の内容だけを耳にする、といったように。
しかし、訴訟費用を一部でも出資すれば、「自分のお金を有効利用してもらいたい」としてその裁判への関心が必然的に高まります。
国民の関心が裁判に寄っていくようになれば、自然と法律に関する知識がつき、国民のリーガルリテラシーが高まります。
リーガルリテラシーが高まれば、筋の悪い権利論を退けたり、不当な処罰を免れたり、あるいは悪徳業者に騙されるようなこともなくなるものと信じています。
「俺、あの訴訟の費用を一部出したんだよ〜」という自己満足がモチベーションでもいいと思うので、まずは参加してみてはいかがでしょうか。
公式サイトタトゥー裁判をあきらめない!日本初、裁判費用をクラウドファンディングで集めたい - CAMPFIRE(キャンプファイヤー)
※以下、法律的な観点から細かい記述がありますので、興味のある方だけご覧ください
タトゥー裁判の争われ方について細かく
今回のタトゥー裁判の大阪地裁判決については、これだけ世間で注目されているのに何故か裁判所のデータベースに掲載されていません。
そのため、弁護側及び検察側の詳細な主張と、判決理由 を知ることはできませんが、報道ベースの情報から推察するに、次のような議論が戦わされているものと思われます(もし判決文をお持ちの方がいらしたらご恵与ください)。
全体像
本件は、医師法17条違反を理由とする、刑事事件です。
医師法
第17条 医師でなければ、医業をなしてはならない。
第31条第1項 次の各号のいずれかに該当する者は、三年以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
一 第十七条の規定に違反した者
二 虚偽又は不正の事実に基づいて医師免許を受けた者
大阪府吹田市で彫り師として営業していた増田太輝氏が、2015年に医師法17条、31条1項違反を理由として大阪簡易裁判所で略式起訴されました。簡易裁判所では、罰金30万円の略式命令を下しましたが、増田氏がこれを不服としたため正式裁判に移行し、大阪地方裁判所で裁判が行われることになりました。
検察側の主張
検察側は、医師法17条の「医業」を「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為(「医行為」)を、反復継続する意思をもって行うこと」とし、彫師が入れ墨を入れる行為が医行為に当たると主張しました。
これは、医師法を所管する厚生労働省の解釈(http://www.mhlw.go.jp/shingi/2003/02/s0203-2g.html)と同じものです。
※もっとも、行政機関のひとつである厚生労働省の解釈に、司法権たる裁判所が従う必要はありません。
弁護側の主張
これに対し、弁護側は「医業」の要件として、「疾病の治療や予防」を目的とすることが必要と主張しました。
「あれ、そうしたら整形手術とかも含まれなくなるんじゃ…」と思ったりもしますが、このような主張の仕方には合理性があります。
というのも、これはいわゆる合憲限定解釈(制度準拠審査)を行っているのです。
合憲限定解釈とは、法律の規定を、法律より上位のルールである憲法に適合するように解釈することです。
本件で問題となっている医師法17条は、それ自体を法令違憲とするにはかなりハードルの高い条文です。
そこで、医師法17条の「医業」の範囲を憲法に抵触しないように限定的に解釈することで、「彫師が入れ墨を彫る行為が医業に含まれない」、すなわち医師法31条1項の構成要件に該当しないということを主張しているのです。
彫師が入れ墨を彫る行為は、一種の自己表現の行為です。そして、表現の自由は自然権由来の強固な権利ですから、それを規制する法律はより限定的に解釈すべきなのです。
また、入れ墨を彫るためには医師法が必要であるとすると、それは彫師という職業につきたい人の職業選択の自由も制限することになります。かつて、職業選択の自由は経済的自由として位置づけられていましたが、現在は、職業が国民の社会生活の中心となり、自己実現の場となっていることから精神的自由の側面もあるとされるのが憲法学会のトレンドです。したがって、職業選択の自由の観点からも、医師法17条は限定的に解釈されるべきなのです。
今後の展開
大阪地方裁判所では、検察側の主張が認められ、増田氏に有罪判決が下りました。
これを受けて、弁護側が控訴したため、次は高等裁判所で裁判を行うことになります。
上記以外の弁護側の主張
本件タトゥー訴訟において、上記の弁護側の主張の他に考えられるものとしては、合憲限定解釈ができなかった場合であっても、表現行為としての入れ墨を行った本件に医師法31条1項を適用することは違憲であるという適用違憲の主張が考えられます。すなわち、表現の自由及び職業選択の自由という重要な権利の核心に対する強度な制約であり、消極目的規制で、事前規制であることから厳格な合理性の基準によって目的が不可欠で手段が必要最小限度である場合にしかその適用を認めないとするのです(適用違憲について違憲審査基準論を用いるべきではないという意見もありますがここでは置いておきます)
さらには、彫師の増田氏は入れ墨をアートという自己表現であり正当な業務であるという認識で行っていることから、違法性の認識がなく責任が阻却されるという主張もありうると思います。しかし、この筋で行くと今後医師免許なしに入れ墨を彫ることができなくなってしまいますから、好ましくないでしょう
終わりに
有罪率99.9%の刑事裁判ですから、控訴審以降の裁判も厳しい戦いになるとは思います。しかし、「医業」の解釈は大阪地裁が示したものが絶対的なものではなく、無罪判決を勝ち取ることができる余地はまだまだあると思います。
控訴審で無罪判決が出ても有罪判決が出ても、最高裁まで行くことになると思います(憲法上の権利が問題となっている事件であるため(刑事訴訟法405条1号))。
クラウドファンディングに参加して少なからず当事者意識を持つことができたので、最高裁まで応援したいと思います