総務省をやめた理由については、このブログの最初の投稿で少し語りました。もちろん、下に書いてあることが全てではなく、日常における些細な経験の積み重ねが、退職という結果に結実したのが実情です。
決断の一つの要素として、3年目の国家公務員が一堂に会して研修を行ういわゆる「3年目研修」で聞いた岩田さんのお話があります。国家公務員としての素養を養うための研修が、退職を決意する一つの要因になってしまったのは逆説的ではありますが、今回は、私の人生に重要な示唆を与えてくれたスターバックス元CEOの岩田松雄さんのことを紹介したいと思います。
岩田松雄さんはすごい人
まずはじめに言っておきたいのは、岩田さんはすごい人だということです。私が総務省をやめたことに影響を与えたと言っても、それは悪い影響を与えたわけではありません。むしろ、私の人生の視野を広げてくれた偉大な人です。
その経歴もすごいです。
1982年に日産自動車に入社した後、UCLAに留学してMBAを取得、その後小さめの外資コンサルで数年過ごした後、日本コカ・コーラの常務となる。その後アトラスで開発の滞っていた「女神転生3」の開発を劇的に進めた後、BODY SHOP JapanのCEOに就任。晴れてスターバックスのCEOに就任。
話を聞いて初めて知ったのですが、大ヒットを記録したメガテン3の開発の立役者は岩田さんだったんですね。調べてみると「女神転生3」は、岩田さんがいなければ開発終了前にアトラスが倒産して、世に出なかったとも言われるほどです。
また、スターバックスのコーヒーが家庭で飲める「スターバックスヴィア」の発売を開始したのも岩田さんの時です。
この経歴の中で岩田さんの人生に大きな影響を与えたのが、BODY SHOPの創業者、アニータ・ロディックさんだと語っていました。
アニータ・ロディックとは?BODY SHOPとは?
日本ではイオンの中の1スペースとしての印象が強いBODY SHOPですが、世界的に見るともっと存在感のある会社です。イギリスでは1999年に消費者連合から、最も信頼出来るブランドの第2位に選ばれたりもしています。
アニータさんは、企業経営を通じて、金銭的価値の他に、自分の信念を実現しようとする活動家でもありました。
それゆえに、BODY SHOPの製品は、
- 自然由来の成分で作る
- 自社製品の動物実験をしない
- 容器のリユースを促進するための商品量り売り
- 弱い立場にある生産者からフェアトレードで原材料を購入する
という徹底されたルールのもとで製造されています。
この信念に共感した人が多くいました。それがファンとなり、BODY SHOPの経営を支えていったのです。2004年までに延べ77億人に商品を売ったとされています。
そんなアニータのもとでBODY SHOP Japanの経営をする中で、岩田さんも影響を受けていきます。商品を売るだけではなく、それによってどんな影響を社会に与えるか、また、顧客にいかに感動を与えてファンを作るか、が大事だと思い知るのです。
岩田松雄さんがスターバックス経営の中で追い求めたもの
岩田さんは、スターバックスはコーヒーショップだが、コーヒーを売っているのではない。コーヒーを通じてお客様に『感動』を届けている会社だと言います。
そして既存の第3次産業の上に「IT」という第4次産業を加え、スターバックスはその上の第5次産業、「感動産業」だと言います。だからこそ、岩田さんは、「スタバのビジネスライバルは他のコーヒーショップではない。リッツカールトンやオリエンタルランド(ディズニーランド)こそが競合だ」とまで言います。
確かに、これまでの3次産業までの殆どは、機械によって代替されえます。しかし、感動を生み出すのは感情を持たない機械ではなく、人のことを思いやることのできる人間なのでしょう。
スターバックスにまつわる5つの感動エピソード
そんな岩田さんがスターバックスのCEOだった頃に感銘を受けたエピソードがあると言います。少し紹介してみたいと思います。
早朝のシナモンロール
ある日、岩田さんの元に1通の手紙が届きました。それはある男性からでした。
その男性の娘さんは、スターバックスの大ファンで、高校帰りには毎日のようにある店舗に通っていました。彼女がスターバックスのファンになった理由は2つ。1つはスターバックスのシナモンロールが好きだったこと。もう1つは、その店舗で働くパートナー(アルバイトの従業員)の仕事ぶりに憧れを持ったからです。家に帰るといつも父親にそのパートナーの話をし、自分もいつかスターバックスに入って一緒に働きたいという夢を語っていたということです。
しかし彼女は、幼い頃から心臓に病気を抱え、移植の順番を待っている方でした。日本ではまだ移植手術が浸透していなかった時代、家族でアメリカに渡ってチャレンジの機会をうかがうことを決断しました。
出発の前日、しばらく日本を離れるにあたって、日本での最後の食事は何がいいか、父親が娘に尋ねました。
彼女の答えは、スターバックスのシナモンロール、でした。
翌日に日本を発つのは午前の便。早朝に自宅を出発しなければなりません。しかし娘さんは、「いつものお店の焼きたてのシナモンロールがいい」とこだわりました。
しかし、自宅を出る時間はスターバックスの開店前です。父親は無理を承知で彼女が通っていたスターバックスに行き、彼女が憧れていたパートナーに頼み込みました。
翌日の早朝、駅で待っていたのは、焼きたてのシナモンロールを抱えたそのパートナーでした。
「スターバックスで働きたい」という彼女の夢は結局叶いませんでした。しかし、最後までスターバックスで働くことを夢見て前向きに闘ったとのことです。その感謝を込めて、父親がCEOだった岩田さんあてに手紙を送ったのです。
もちろん、就業時間外に店の調理器具を使って調理し、商品を店舗の外で販売するなんてことは、基本的な就業ルールには反しています。しかし、このパートナーがこのような行動に出たのは、岩田さんが常に、「道徳、法律、倫理に反しない限り、お客様が喜んでくださることは、何でもして差し上げる」というスターバックスのミッションを従業員に徹底させていたからです。
他にも、岩田さんは著書で4つの感動的なエピソードを紹介しています。そのいずれもが、岩田さんがスターバックスのミッションを大事にし、従業員に徹底させていたからこそ、お客様に感動を与え、ひいては岩田さん自身をも感動させるに至ったものです。
ミッションとは
経営者に大事なことは、ミッション、ビジョン、パッションだと言われます。
ビジョンとは目指すべき方向性・将来あるべき姿、パッションとは情熱です。
しかしこの3つの中で岩田さんが最も大事だというのが、ミッションです。
狭い意味でのミッションは、企業の使命や存在意義のことを指します。しかし、岩田さんが言うミッションは「経営理念」とほぼ同義の広い意味です。
企業にとっては、ミッションを掲げることによって、次の4つのメリットがあるといいます。
- ミッションに共鳴する人を雇うことができる
- 従業員が皆同じ目標に向かうことができる
- 社員のモラルが高まる
- 想定外の事態に原理原則を持って対処できる
これらによって、ミッションを持てば、ビジョンもパッションも着いてくるというのです。
そして、それ以上に大事なのが、個人レベルで持つミッションだといいます。
つまり、自分の人生の「経営理念」に従った働くことが大事なのです。岩田さんは、次の3つの輪の重なる部分が個人にとってのミッションだといいます。
これに基づいて考えた時、私は国家公務員を辞めようと決意しました。
確かに、総務省の仕事は「何か人のためになること」という部分は十分に満たしていましたし、仕事を回すのは得意でした。しかし、その仕事が「好きか」と考えた時、自分に嘘はつけませんでした。
人事院での研修を受けたのは、2015年10月。研修中のプレゼンコンテストで優勝してとても嬉しかったという気持ちもありましたが、その一方で、岩田さんの話を何度も反芻して、さらには帰り道でKindle版の岩田さんの本を読んで、自分のミッションと総務省の仕事、本当に対応しているのかを考えていました。
研修が終了した翌日の業務終了後、私は直属の上司である課長補佐に、退職の話を切り出しました。上司はとても丁寧に対応してくださいましたが、私の決意は変わりませんでした。
自分の仕事に違和感を抱えている人は、岩田さんの書を手にとって、自分のミッションについて考えてみると、人生を考え直すいいきっかけになるのではないかと思います。